ストレスを感じていることすら気づかなかった私が、少しずつ気持ちを外に出せるようになるまでの30年

ストレスを発散するために一人でポテトチップスを食べている女性の画像 心と体のセルフケア


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最近私は、家族に対してイライラがたまったとき、ストレス発散の手段としてお菓子を食べることがあります。


家族の目の前で、あえて見えるように


もちろん、家族にはあげません。笑

「今、私は我慢の限界だから、誰にも当たらないように食べて発散しているんです」


そんなことを言いながら、食べたいわけでもないお菓子を食べています。


自分でも、健康的なストレス発散方法だとは思っていませんが

今の私にとっては、ちゃんと意味や効果があります。


騒いで興奮し要求や癇癪を当ててくる子どもたちが「ママだけお菓子いいな・ずるい」と思考の向きが変わることで、少し落ち着きます。
(これであげてしまうと、騒いだら良いことがあると学習しかねないので、こういう時は絶対にあげません)


そして何より、

お菓子を食べて嫌な思いを発散させているという目で見て分かる行動を取ることで、癇癪で声が届かない状態の家族にも目に見える形で伝わります。


こんなことですが、昔の私からすると、かなり大きな変化なんです。

ストレスを感じていることすら気づかなかった私

そもそも、過去の私は自分がストレスを感じていることに気づいていませんでした

今振り返ると、幼児期から30歳くらいまで、私はかなりのストレスを抱えていたんだなと分かりますます。


私は機能不全家族の中で育ちました。

内容はまだ気が重いのでここでは一部伏せますが

「全て言われた通り、すぐに言うことを聞かないと何をされるかわからない」という

常に緊張の毎日の中生きてきました。

 

産まれた時からその親のもと育ってきているので、幼稚園の頃には「子供らしくない程聞き分けが良く・わがままを言わない・自分の意見を言わない」そんなふうに成長していました。

うちはおかしいのかもしれないとはっきりと気が付き始めたのは小学3年生の頃で、その頃から20代半ば頃まで円形脱毛が頭にいくつも出来ていました。
(ストレスが原因じゃないって聞きますけど、親元を離れてからは1つも増えず脱毛が無くなり今に至ります)


そんな毎日を過ごした子供時代でしたが

「私は今、ものすごくストレスがたまっている」とは気づいていませんでした。

産まれてから毎日の当たり前の環境だったからです。

 

毎日嫌なことがある。

毎日元気な演技。

それが私にとっては普通だったので、それを「ストレス」として認識すること自体がなかったのだと思います。



10代の頃、色々と分かり考えられるようになってから、受け入れがたい毎日に、涙が出ていた時期もありました。


今の私から見ると、どう考えてもいっぱいいっぱいだったのだと思います。



でも当時の私は、

「ストレスがたまっているから、こんなに苦しい・おかしいんだ」

とは気づいていませんでした。

 

「限界だった」と思えるのも、今だからです

今の私なら、当時の自分を見て、

「これはもう限界を超えている、がんばりすぎだよ、かわいそう」

と分かります。

社会人になってから

適応性障害と診断されたこともあります(促されて受診した)

そんな状態でも、当時の私は「限界」という感覚を持っておらず

むしろ、自分では普通に元気なつもりでいたんです。

 

今の私が「あの頃は限界を超えていた」と言葉を当てはめているだけで、当時の私自身には、そんな認識はありませんでした。

それくらい、自分の状態が分からなくなっていたのだと思います。

 

だから、今になって思うのは、

「ストレスがたまっていることに気づけない人もいるんだな」

ということ。

 

ストレスがないのではなく、あまりにもそれが日常になっていると、ストレスだと認識することすらできないことがある。

私はたぶん、そういう状態だったのだと思います。

ストレス発散方法がわからない

20代の私が思っていた「ストレス発散」

20代の独身の頃に、

「ストレス発散は何?」

と聞かれたら、買い物とか、友達とカラオケに行くことかな、となんとなく思っていました。

でも、今振り返ると、それはストレスを発散していたというより、気を紛らわせていたのだと思います。

買い物をしている間は楽しい。

友達とカラオケに行けば、その時間は楽しい。

でも、その楽しさがなくなれば、また元の生活に戻ります。

親との関係も変わりません。

「この家を出ないと、本当の意味ではストレスを発散できないだろうな」と思っていました。


今の私は、夫や子供からの要求がひどいとお菓子を食べて気を紛らわしていますが


つい最近まで、食べることで発散はできませんでした


そもそも、30歳くらいまでは食にあまり興味がありませんでした。
(というより、小学生くらいのときには、食事の時間=暴力を受ける時間だったので、食事が大嫌いでした。涙の味もしくは味はしませんでした。思い出したら泣けてきた。)


若い頃に「嫌なことがあったら食べて発散する」という方法があることは分かっていましたが


そう言われても、食事自体が嫌な自分には関係のない方法だと思っていました。


カラオケなどで騒いで発散することも、あまり得意ではありませんでした。

やってみるものの

一時的にスッキリしても、その後に気持ちが沈む感じが悲しかったからです。

 

だから、私には「これをすればスッキリする」という方法がありませんでした。
(だって結局家に戻ってしまえばさいあくなんですから。)

なんとなく毎日生活しているうちに、時間とともに少しだけ嫌な気持ちが薄れていく。


私にできたのは、そのくらいだったと思います。

物と一緒にイライラを捨てる

30代になって、夫と子育てのイライラが辛くなってきた頃

これはいよいよ頑張りすぎて頭がおかしくなる、何かしらで発散させないとと思い

夫に対抗して物にあたってみた時期もあったのですが

私はもともと物を大事に長く使いたいタイプなのでその方法は後々辛く、すぐに限界が来ました。


そして、いらないものに注目し

捨てるのに悩んでいたものを「捨ててやる!」と捨てるようになりました。

これが気持ちよくて「イライラしたら物を捨てる」という発散方法にたどり着きます。

 

「高かったけど、使っていないな」

「捨てるのはもったいないな」

「いつか使うかもしれないな」

と、普段なら迷ってしまっていたものでも、イライラしていると、なぜか捨てられました。



そして、捨てると片付いて家もきれいになる。

間接的にストレスも少し減っている。


今思うと、最高でした。

もちろん、家族に対して何か仕返しをしている気分ではありません。

言い返しているわけでもありません。

相手に「あなたのせいで私はこんなに苦しい」と分からせているわけでもありません。
(冒頭に話した現在のお菓子を食べるのはこれに近いですね)

 

そして、そこで初めて私は、

「相手に言い返さなくても、自分の中で気持ちを処理することはできるんだ」

ということを覚えたのだと思います。

 

相手を変えなくてもいい。

相手に分からせなくてもいい。

自分の側でできることがある。

これは私にとって、かなり大きな発見でした。

少しずつ気持ちを外に出せるようになるまでの30年

そこから数年たった現在


自分が周りから大事にしなくて良い存在に見えるような行動を取ってしまっているのではないかと気付いた出来事がきっかけで、まずは家族に対して「嫌な気持ちを伝えること」を意識してきました。


それを繰り返して今は、「嫌の気持ち」を口に出せるようになりました。
(長年嫌と言えない環境で育ってきた私にとって「嫌」という言葉や表現は苦しさがあるので出来なかったのです)

 

そして、もう一つ変わったことがあります。

私は家族に対して、

「私だって疲れている」

「もう限界」

「みんな私に頼みすぎ」

「みんな私に気持ちをぶつけすぎ」

と嫌な気持ちから更に踏み込んだ、自分の気持ちを言葉にできるようになりました。
(嫌な気持ちすら出せない私にとって、自分の意見を言うことはかなり抵抗があるのです。)



もちろん、それを言ったからといって、家族の性格が変わるわけではありませんし

自分だけが考え方を変えても相手が変わらなければ、同じように攻撃的なことを言われることもあります。

頼まれごとが続くこともあります。

気持ちをぶつけられることもあります。


だから、「自分が考え方を変えれば、すべてうまくいく」という話ではありませんが

それでも、昔の私にはできなかったことができるようになりました。

これは私にとってかなり大きな変化です。

 

そして、今のお菓子を食べて発散する方法は、単に嫌なことをごまかすためではありません

昔の私が想像していた「食べてストレスを発散する」とも少し違います。

もちろん、お菓子を食べれば気持ちが少し切り替わります。

でも、そういうことが目的なのではなくて

「私は今、これだけ嫌な思いをしています」

ということを、家族に伝えるためのパフォーマンスでもあります。

(良い方法だとは思っていませんが、嫌な気持ちを表現できなかった私にとってはトレーニングのようなもので、今の私には必要で大事です)

 

言葉では何度も、「私だって疲れている」「みんな私に頼みすぎ」と言っている。

それでも、家族にはなかなか伝わらないことがある。

だから、「自分だけ」家族の目の前で食べ(普段はそんなことしないから効果があります)

「私は今、誰にも当たらないために、これを食べて発散しています」と伝える。

 

今の私にとっては、これが大事な対処方です。

もちろん、ずっとお菓子に頼るのがいいとは思っていません。

(健康のことを考えれば、別の方法がいい)

まとめ

私は、幼少期から30年くらいたってようやく「気持ちを外に出す方法」を覚えてきました

こうやって振り返ってみると、私のストレスへの対処方法は、少しずつ変わってきました。


子どもの頃は、嫌な毎日を、自分の中で抱えるしかありませんでした。
(ストレスがたまっていることにも、気づいていませんでした。)

20代になってからは、買い物やカラオケなどで気を紛らわせていました。
(でも、それは根本にあるものの解決にはならなかった。)

30代になって、イライラしたら物を捨てるようになりました。
(そこで、自分の中にあるものを、間接的に外へ出す方法を覚えました。)

そして今は「私はもうこれ以上は嫌だ」と、言葉にできるようになりました。



相手を変えられなくても、自分の気持ちを伝えることはできる。


そして、それでもどうにもならないときには、誰かに当たらないための方法を自分で選ぶ。


そのときの自分に必要な方法を、今後も自分なりに見つけていくのだと思います。

「ストレス発散の方法が分からない」と思っている方へ

もし今、「ストレス発散って、どうするんだろう」と思っていても、もしかするとすぐに方法を探さなくてもいいのかもしれないと思います。


私自身、昔はストレス発散の方法がなかったというより、

自分がそんなにストレスを感じていること自体に、気づいていませんでした。

なんだか悲しい。

なんだかイライラする。

毎日疲れている。

なぜか涙が出る。

何をしてもスッキリしない。

そんな状態でも、それを「ストレス」と呼べないことが現実にあります。

 

だから、もし今の自分に合う発散方法が見つからなくても、「ストレス発散が出来ない」と考え過ぎず

まずは、「もしかして、私は今、かなりしんどいのかな」と気づいてあげるところからでもいいと思います。


(この記事で話したことは、機能不全家族で育ってきた私なりの乗り越え方なので、一般的な家庭で育ってきた方にはおかしく感じることもあると思います。)

 

今回も「ゆるっと+(プラス) 」な情報をお届けできたでしょうか

ゆるまるでした!

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