旦那のやりっぱなしにイライラ!自分自身がラクになる【たった1つの言葉】とは?

台所に置かれた飲みっぱなしのペットボトルゴミ 心と体のセルフケア

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夫のやりっぱなし家事や生活習慣にイライラしている妻たちは少なくないと想像します。

私もそのうちの代表的な(笑)1人だったのですが、「あれ?最近はイライラを忘れているかも?」と

振り返ればここ1年ほど許容出来ている自分に気が付き、

あまりにも当たり前になったことで「自分が変わることによって解決してきた努力」を 自分自身が忘れていたことに、寂しさのようなものを感じ、記録し始めました。

【たった1つの言葉】をすぐに知りたい方は目次「2」へ進んで下さい▼

これにイライラしてた!旦那のやりっぱなし集

こちらは当時イライラしている時に撮ったものではなく、最近「そういえばこれに毎日モヤッとしていたな」と思い出して記念に撮り出したものです。

現在も繰り返されている日常の様子を、リアル感を残したいため手を加えず撮影しています。
関係ない部分はAIで加工しています。

trash-left-as-is
台所に置きっぱなしのペットボトルのゴミ

▲ペットボトル 置きっぱなし(この配置 飾られているようにも見えてきた)

 

blinds-messy
窓を閉めるためにブラインドを持ち上げて下げた後、整えていない様子

▲ブラインド ぐちゃぐちゃにしっぱなし(これは全っ然マシなほう)

 

Not-Washed-Yet
使いっぱなしの小鍋

▲どちらも揚げカスが入っていて 使いっぱなし(1セットで済む) 



●脱いだ服そのまま問題は、毎日数回発生する度に、夫が座る椅子等(絶対に邪魔で気づく場所)にまとめて置いていたら、数年間掛けていつの間にか脱衣所の定位置における習慣がついていました。
(言い合いになるのが嫌なので、いかに何も注意せずにやってもらえるかを考えています) 


今後発生次第随時追加予定です。
 ▲マトリョーシカゴミ袋
 ▲骨になったハンガー
 ▲車内に落ちている使用後のマスク
 ▲シンクをゴミ箱にしている。納豆のパックやヨーグルトの容器
 ▲こっち向きにおいてある包丁

自分自身がラクになる【たった1つの言葉】

やりっぱなしを発見してしまう毎日に劇的な変わりはないですが


わたしが夫のやりっぱなしに対して「まぁ、いいか」とラクに捉えられるようになった【たった1つの言葉】それは

 

【失敗しても人間らしくて可愛いね】

 

この言葉を知ったからといって、すぐに夫のやりっぱなしが気にならなくなったわけではありませんが

この言葉を知ってから、やりっぱなしに遭遇するたびに自分に言い聞かせるよう唱えてきたことで、

私の中ですこーしずつ「人間だもんね、人間らしさだよね、自分含めて失敗しちゃうよね人間だもん」と実際に思えるようになりました。



この言葉は「今日、誰のために生きる?」という書籍の中でSHOGEN(ショーゲン)さんが紹介しています。

次の画像にもありますが「効率よく生きたいなら、生まれてすぐ死ねばいい」という、衝撃的なのに納得できる言葉がたくさん出てきます。

夫と息子の癇癪に疲れ、もう優しく出来ないという日々が続いていた時に読んで泣きました。

今日、誰のために生きる? [ ひすいこたろう ] 楽天で購入


この言葉に出会うまでにも

「まぁいいか」を始めに

「人は変えられない、変えられるのは自分だけ」とか

「不得意なところは補い合う」とか

「感謝の気持を思い出す」といった考えはあって、


そういう言葉で自分を言い聞かせている時は大抵夫にイラモヤしているので、
最終的には「もし他の誰かと結婚をやり直していても、自分が成長していなければ同じようなところで躓く(だからここでもっと頑張れ私)」というところまで
イラモヤとした気持ちを落ち着かせるために、自分に言い聞かせていました。


今思い返せば、これらの言葉は「起きた出来事に意味付けをして、自分が納得できるところまで持っていく」ようなイライラを処理する作用が少しはあったと思いますが

頭で納得できたとしても感情の方は完全に納得できていないような状態でした。



そんな中で【失敗しても人間らしくて可愛いね】の考え方は

仕方なく理性で許すのではなく、心に愛着を持って眺めるような

私がラクになるための、最後の大きなひと押しになりました。




以前は「夫の行動をどう受け止めれば私はイライラしなくて済むのか」と考え

「自分が寛大になって、自分が成長して、自分が受け入れればいい」という解決方法だったので

知らず知らずのうちに「なぜ私ばっかり変わらないといけないの?」という反発の気持ちが蓄積されていたのかもしれません。


それに対して


「そもそも失敗や出来ないことを厳しく見ることはないのでは?私も失敗する。あなたも失敗する。人間ってそういうものだよね」というように、

自分も同等の人間であるという感覚を思い出すことで、頭だけでなく感情も納得させられたのかもしれません。



「まぁいいか」は出来事を小さくする言葉。
「人は変えられない」は相手への期待を調整する言葉。
「補い合う」は関係の意味を捉え直す言葉。
「感謝」は関係のいい部分に意識を戻す言葉。

これは「自分側の調整」でどうにか変えられないかとしていて見つけた言葉でした。



「失敗しても人間らしくて可愛いね」は人そのものへの見方を変える言葉。

「自分からみた相手の見え方」が可愛らしめ(?)に調整されたように感じます。

 

そしてこの言葉には、イラモヤの気持ちを解消する以外にもうひとつのメリットがありました。

それまで「私と同じくらい頑張ってよ!私も頑張っているんだから」と思っていた気持ちが

「出来ないこともあるよね、人間だもん」と変化したのと同時に

「私も失敗していいんだ、出来なくていいんだ」と自分自身を受け入れてあげることにもなって


相手にも自分にも優しく出来る言葉であるということに気がついたのです。
(自己評価・自己肯定感がものすごく低く、自分に矢を向ける私にとってはかなり大事な気づきです)


これを知った当日から
こんなにいい言葉・いい考え方を子供たちにも染み込ませたく思い、
(自分にも言い聞かせるように)日常で使うようにしています。

「自分が変なのかもしれない」と納得しようとしては葛藤する毎日

⚠ 見たくない・聞きたくないような嫌な言葉が並びます ⚠
(これを家庭内で発していた自分への戒めにそのまま再現しています)




「なにこれ」

 

「ありえない」

 

「はぁ?!なんでこのまま?!」

 

「ねぇこれまだ途中だよね?まさかこれで終わってないよね?」

 

「え?!なんでそのままで平気なの?!」

 

「誰かがやってくれると思ってこのままにしてんの?!あなた以外には私しかいないんだけど?私にやれって押し付けてることになってるよ?!」

 

「気にならないからって理由で何でも許されるの?!」

 

(↑これは喧嘩レベルの時。写真に載せたようなことのみでこうなっているわけではありません)



一緒に住み始めてから数年。この頃のわたしは夫に対してこんなふうにイライラしていました。あぁ恥ずかしい…

 

最初は感情の乗っていない言葉でしたが、だんだん我慢や遠慮もなくなり、まるで真蛇(しんじゃ)のような顔と勢いで言葉に憤りを乗せてぶつけていたと思います。あぁ本当に恥ずかしい…

 

その時の私は


「こうしてほしい」と伝えて、直してもらわないと気が済まないような

もう言うのもバカバカしくなってくるような

文句や注文をつけているのは私だけみたいになっている気がするような

代わりにわたしが片付けているのに夫は気がついていなくてもやもやするような

 

今思い返せば、当時はこんな小さなことで頭の中をいっぱいにしていたんだな、と思います。あぁもったいない…

 

夫婦といえども 


育った環境が違うから仕方がない(うちの親が細かすぎたから私も同じになっているのかもしれない)


汚いことに対しての線引きは人によって違う(でも食卓に使用後の靴を置くのとかは流石に怒って良いことだよね?)


片付けるタイミングは人それぞれ違う(たとえそれが一週間だったとしても、片付けようとしていれば)


私が綺麗好き過ぎるだけかもしれない(そんなことなさそうだけど、みんな自分は普通って思っている部分があるもんな)


私の価値観を押し付けてしまっているのかもしれない(けど相手の価値観をすべて鵜呑みにするのも違うような)


不得意な部分は補い合うしかない(補い合うのは大事だけど、バランスがおかしいな)


まぁいいかと思ってこの感情を手放さなきゃ(けど全部そうなったら秩序もなんもなくなるよね)

 

…なんて、「自分が変なのかもしれない」と無理に納得しようとしては葛藤する毎日を過ごしていました。




振り返ってみればそんな毎日だったのに、数年掛けて少しずつ変わって、


特にここ1年くらいは


「まぁいいか、人間だしね」

「疲れてるのかもしれないし」

「整った家が好きなのは私自身だから」と、感情を乗せずに捉えられるようになっていました。

 

以前は、夫へのイラモヤに対しての対処法が〘許せる・許せない(改善させる)〙の2択になっていた私


今では〘人間らしくて可愛い〙という、自分から湧き出る感情に対しての保留箱 みたいなものが出来たことで、夫だけでなく自分に寛容になることを許すきっかけになったと思います。

失敗しても人間らしくて可愛いよね

私は、夫のやりっ放しに対して「まあ、いいか」とか「これでいい」と心から思えるようになるまで、かなり時間がかかりました。


それに、全部が全部を「まあ、いいか」と思えば良いと思っているわけでもありません。


でも、以前よりずっとずーーーーっっと「楽」です。



幼少期を振り返ってみると、私は「やりっぱなしにしない」「ちゃんと片付ける」と嫌なほどきつく教えられてきたけれど、


「人間だから、できないこともあるよね」
「疲れていたら、できないこともあるよね」


という考え方を、教えてもらってこなかったのかもしれないと気が付きました。




もし、そんな言葉を掛けてもらっていたら・もっと早く知っていたら


私は、自分や夫に対して、こんなに嫌な感情を抱かなくてもよかったのかもしれないです。




「まぁいいか、失敗するのも人間らしくてかわいいよね」


追記

今回こんなくだらないことだけど「怒りの気持ちが湧かないものになった」という自分の変化の記録になると思ってこの記事を書きました。
投稿し終わり客観的に見ると【更になんとも感じないものに見える】という思わぬ副産物があったので、これは日々のアンガーマネジメントに通づるのかもと思い、その理由について調べたことを追記します。

今回私が、インターネットの画面を通したら「どうでもいいこと」に見えた理由として調べたところ、心理学的な理由がいくつかあることがわかりました。主な理由は以下の3点だそうです。

1. 「心理的距離(客観視)が生まれる」当事者モードから第三者モードへの切り替え。
自分の脳内から「インターネットの画面」という外の世界へ文字として吐き出すことで、問題と自分の間に距離が生まれる。心理学ではこれを「ディスタンシング(客観視)」と呼び、感情を冷静にさせる効果があるそう。

2. 「リアルな空間のストレスから解放される」視覚的・空間的な不快感の消失。
家の中で放置されたペットボトルを見る時は、「散らかっている空間」や「片付けという自分のタスク」が目の前にある。インターネットの文字にすると、そのリアルな空間のストレスや「自分が片付けなければいけない」という負担感が消えるため、大したことのない問題に見えるそう。

3. 「文脈(コンテクスト)が削ぎ落とされる」積み重なったイライラが見えなくなる。
本当にモヤッとしているのは、ペットボトル1本ではなく「いつも私ばかり片付けている」「小さな配慮がない」という日々の積み重ね。インターネットに書かれた「夫がペットボトルを捨てない」という短い文字だけを見ると、その背景にある「日頃の不満の蓄積」が削ぎ落とされるため、文字通り「たかがペットボトル1本の軽い話」に見えてしまうそう。


この結果を日々のアンガーマネジメントとして使うなら、一度写真を取ったりスマホのメモなどに書き出して、後に客観的な視点で見てみるということが出来るかなと思いました。

感情をコントロールするセルフケアとしてわたしの中では効果的なものになりそうです。

 

今回も「ゆるっと+(プラス) 」な情報をお届けできたでしょうか

ゆるまるでした!

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